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フレデリック・マドレーヌ(ル・ポミエ)

1月はガレット・デ・ロワの月。
まず少し歴史を振り返ってから、私の思いをつづってみましょう。

ローマ時代、サテュルナルの祭りというものがありました。これは7日の間、各自が気ままにふるまえる、無礼講のようなものだったといいます。そして後に、これが友人にお菓子を贈る慣わしへと変わっていき、やり取りされるお菓子は「王様のお菓子」と呼ばれていました。なぜなら人々が領主に税を納める時期と、ちょうど重なっていたからです。
1801年、エピファニーはキリストが人々の前に姿を現したとされる1月6日と決められました。
「エピファニー」とは、メルシオール、ガスパール、バルタザールの三賢者が幼子キリストを訪ね、没薬(もつやく)と香と金の贈り物を届けたことを祝うものです。

昔からの慣習に従って、現在でも、その場で一番小さい子供がテーブルの下に入り、切り分けたガレットを一切れずつ誰に配るか指示します。そして自分の切れからフェーヴが出てきたら、その人は王様(または女王様)。お気に入りの女性(または男性)を選び、キスすることができるのです。そして王様(または女王様)は次の日曜日、皆のために新たにガレット・デ・ロワを作るか買うかしなければなりません。フランスはこのガレットの伝統が最も浸透している国であり、1月中に何度もガレットを食べることもめずらしくはありません。

また、フェーヴは愛好者にとって、価値のあるコレクションです。今では陶製のフェーヴが一般的ですが、その昔は本当の豆をガレットに隠していました。後に銀や金のかけらになり、そして19世紀末に陶磁器製が出現したのです。そのずっと後にはプラスチック製も。

クラブの活動としては、3年前、着任したばかりのフィリップ・フォーレ大使に、エピファニーの催しのために公邸をお借りできるかを伺いに行ったときのことを思い出します。その場で快諾を頂き、それは大使のエピキュリアンとしての評判を知らしめることになったのではと自負しています。また、名誉会員であるフランソワーズ・モレシャンさんが、常に我々を支持してくださることも決して忘れません。

2009年のエピファニー、当クラブは200人の会員を集め、大使とともに楽しいひとときを過ごしました。翌朝、私は新潟へ2日間のスキー旅行に出かけたのですが、スキー場のリフトに腰掛けたとき携帯が鳴りました。それはフォーレ大使からで、昨晩の会はすばらしかった、にぎやかで楽しい雰囲気が会場のすみずみまで行き渡っていた、というお褒めの言葉でした。そしてなんと、「今月末に同じ会をもう一度企画してもらえないか。仕事で関係のある日本の官僚をぜひ招待したい」というお話が!
リフトから降りるや、私はクラブ事務局の田尻さんに電話をしたのですが、つながりませんでした。彼女はガレット・デ・ロワコンテストの優勝者を連れてパリのコンクールに向かうべく、すでに機中の人だったのです。そこで島田会長と藤森理事に連絡をつけ、彼らの了解を得ました。1月27日と日取りも決定。
またもやクラブの理事たちは同じ催しを取り仕切ることとなりましたが、会は大盛況で、終わったとき会場の大テーブルに残っていたのは、散らばったガレットのくずがわずか数片だけでした。

5歳になる息子のテオフィルも、もちろんガレット・デ・ロワが大好き。たいていのフランスの子供がそうするように、自分のガレットをもらうとまっさきにフェーヴがあるかとフイユテ生地をめくっています。私はフェーヴの入った切れが息子に当たるよう知らぬふりで渡し、彼が大喜びするのを眺めるのです。
(2011.1)