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渡邊雄二(ドゥブルベ・ボレロ)

人類の経済活動が地球に悪影響を与えているためか、それとも、そんなことお構いなしに、ぶれのある太陽の熱射に対する地球自体の生理的活動なのか、、、、。この10年近く夏のパターンは多いに変化に富んでいるように思います。

2003年は欧州が大熱波にやられた記憶に残る年でした。
ワインはダメになるか、長期熟成不向きの完熟ぶどうワインとして製品になるか、ヴィニュロンの技量で別れました。プロヴァンスの養蜂は巣箱のミツバチが全滅して蜜がまったく取れないという事態にもなりました。
2009年は希にみる長梅雨で8月も雨天ばかり。その代わり9月が晴天続きでした。自店W.Boleroのプラタナスに毛虫が大量発生。
2010年は晴天続きの猛暑の8月で、北海道の小麦が干ばつで凶作となりました。

今年は早い梅雨入りと梅雨明け、いきなり猛暑到来。すべてがメリハリあって早く進んだと思ったら再び梅雨にもどった感じ。やはり夏は読めない。
先日の台風6号は関西に被害をもたらし、弊店のプラタナスも2本倒木しました。
さて、今年の早い夏の到来は5月の渡仏時に現れておりました。
W.Boleroは毎年5月に店を8日間閉め、フランスやイタリアに研修旅行に行くのです。
今年はブルターニュ&ノルマンディー、最後にパリ。今年の旅のほんの一部のことをお書きします。

原発事故の影響で、来日仏人も激減しエールフランスが気の毒にもガラガラ。
エコノミークラスが偽ビジネスクラスとなります。
パリに早朝着きモンパルナスからTGVでナントへ。初めて行ったナントは“なんと!”モダンな街でした。そこからレンタカーでゲランドの村へ移動。
そうのっけから、いきなりケルト人の遺産であるゲランドの塩田に。かれこれ10年以上使っている愛用塩のLe Paludierというメーカーをどうしても訪れたかったのです。

訪問約束時間よりも少し早く着いたので、周囲を車でうろうろ。
海水をまだ引き込んでいないゲランドの塩田はまるで弥生時代の遺跡みたいな不思議な光景でした。一個一個の塩田は小さい。たぶん面積が小さい方が塩の結晶化にムラがでにくいのだと思います。
海水を引くのは6月からだと聞いておりました。5月にいっても掃除しているだけだよ!と。
でも、行ってみたら、Le Paludierは既に海水をひき塩もできはじめていました。今年の5月は晴天つづきで気温も早くあがったので、いつもよりも3週間くらい早く海水をひき作り出したと。こんなことはなかなかないので、僕たちはラッキーだと言われました。

塩田、加工工房と全部署見せて頂き説明を受け、ゲランドの塩は機械的な部分がほとんどなく、ほぼ昔からの天候任せの自然塩であることが良く判りました。
パルディエとは塩職人という意味ですが、メーカーの従業員ではなくそれぞれ独立した自営業の塩職人とメーカーの関係は、ブルゴーニュでネゴシアンが葡萄農家からぶどうだけ買い上げるシステムと似ています。

その後、ブルターニュを2日かけていろいろ周り、ノルマンディー南部に入りました。
ノルマンディーで農場見学。その農場でもこの5月は天気が良すぎて雨が降らず牧草の育ちが悪いと。牛がどんどん食べてしまうのでこのままでは冬場の干し草のストックができず大変なことになると、農場のマダムは心配しておりました。

地球のいろんな所で、夏の差異があり、それぞれ一喜一憂している。
その農場はホルスタインとノルマンドを両方飼っておりましたが、ノルマンディーの乳製品の味の特徴は、搾乳量は少ないがその分味が濃厚であるノルマン種によるところが大きいです。しばらく常温にしておいた生乳をホイッパーで攪拌するとすぐ分離してバターになる。我々も手作業で作りましたが飛びっきり美味しい。

それと牛舎から自由に牧場にでてこられ、夜の8時でも外はまだまだ明るく自由に草を食べ続けている牛は、ストレスが少なく、人生(牛生といった方が正しいか)を満喫しているように私の目に写りました。牧場マダムには福島のことで哀悼の言葉をかけてくれましたが、もしも福島の牛がここに避難できればどれだけ良かったかと。
それだけノルマンディーの夏の牧場は爽やかな牛馬の楽園なのです。

パリの友人マークが運転してくれた走行距離は1200㎞。
当たり前のことですが、フランスは酪農王国だということを体感して参りました。
数日で回るにはブルターニュとノルマンディーは広すぎました。また出直したいと思います。(2011.7)