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伝統菓子・地方菓子- Traditional confectionery -

シェフの思い出の菓子

井上 佳哉(ピュイサンス)2015年07月30日

ディグザソーD’Ixassou

最初からフランス修行はパリ以外で、と考えていました。“フランスらしさ”を感じられるものは、やはり地方にあるのではないかと。北から南、タイプの違う地方で働きましたが、その中でもバスクは食べ物や景観、人の気質も、オリジナリティが高くておもしろく、好きな地域です。長くいるとマズイのでは?(笑)と思うくらい、のんびりした土地柄ですが。

「ディグザソー」はいわゆるガトー・バスク、この地方を歩けば、どのパティスリーにでもあるお菓子です。バター風味のリッチな生地に、サクランボのジャムやカスタード・クリームが詰めてあるだけの、いかにも地方らしく素朴なものですが、実際はひとつとして同じものがないんです。シンプルなだけに、作る人によって味わいや生地の食感などが実にさまざまで、「これがガトー・バスクだ」と限定するのは、なかなかむずかしいと思いますよ。僕はバスクで修行していたときに、知り合いのおばあさんに教えてもらったのが最初。伝統通りサクランボのジャムが入っていました。バスクは海辺のリゾートとして最近人気ですが、山も険しくてそこでは山羊の飼育もしていますから、カスタード・クリームを牛乳じゃなくて山羊乳で作ったりもするんです。働いていた店ではそれを使ってガトー・バスクを作っていました。ちょっとクセがあって….まあ好き好きだと思いますが(笑)、それも含めて土地の味ですよね。

フランスには、長く受け継がれているお菓子が全土に数多く残っています。古典菓子とか伝統菓子と呼ばれるそれらはあまりに広大すぎて、そう簡単にわかるものではありません。フランスで何年かを修行したとしても、その人が過ごした時代、環境によって解釈も違ってくるでしょう。けれどガトー・バスクがそうであったように、どれが正解、ということではないんだと思います。遠い昔から続いている伝統という大きな流れの中から、その人なりの経験や感覚によって何かをすくい取り、それがその人らしいお菓子の味を作っていく、そういうものなのではないでしょうか。

フランス修行だけの話ではなくて、僕の場合は西野さん、河田さんのもとでも、たくさんのことを見せてもらいました。今までしてきたこと全てが自分のお菓子作りのベースです。この先もフランス菓子の道を外れることはないでしょうが、“フランスみたいな”店ではなくて、“自分の尺度で”探り当てた伝統菓子の味を作り出していけたらと思っています。