伝統菓子・地方菓子- Traditional confectionery -

シェフの思い出の菓子

塩 竜二(ル・セル)2015年07月30日

アプリコットのタルトレットTartelette aux abricots

専門学校を出て、最初に入ったのが「ルコント」です。ぼくらの年から、新卒の専門学校生を採用することになり、同期は12人でした。出社最初の日、当時の六本木の店で、ずらりと並んだその12人に、マダム・ルコントからお話がありました。その席上で、銀盆に並べられたさまざまなフルーツのタルトレットが回ったんです。「好きなのをお取りなさい」と。

「わあ、見たこともない」というのが第一印象でした。当時ぼくの周りにあったお菓子といったら、スポンジ生地やシュー生地の、わかりやすいものばかりでしたから。それで思わず手がのびて、ぼくが選んだのがこのアプリコットのタルトレットです。中でも一番なぞめいて見えたんでしょうか(笑)。ともあれ、これが本物のフランス菓子との初対面でした。
その後、青山の厨房に移動したのですが、入り口に立った途端、空気が違うのを感じました。チームに分かれて黙々と、一切のむだなく進められる作業。“プロフェッショナル”な魂に気おされるようなそのときの思いは、今でもはっきりと覚えています。
当時の「ルコント」はお菓子もさることながら、パーティー用のケータリングなどもあり、本当に仕事の種類は多かったです。いろいろなものを見る機会に恵まれて、フランスに行く前にここで働けたのは幸運でした。下っ端のぼくが、ムッシューから直接声をかけられることはそう多くなかったですが、「仕事はいつも心をこめて。素材を大切に丁寧に作れ」とは、徹底して言われていたことです。こういう精神に早いうちに触れたことも、今思えばありがたかったですね。

フランスに渡ってからはいろいろな地域で働きましたが、やはりどちらかというとお菓子の充実という面からも、中央から北の方が好きです。今日作ったこんなタルトも、たとえば豊富なフルーツを産するアルザスなどでは、ごく日常のお菓子です。でも、そのシンプルさゆえに、“ずさん”な仕事は焼き上がりにちゃんと表れてしまう。基本の生地を丁寧に作るのはもちろんのこと、このサイズに合った生地の厚みやアーモンド・クリームの分量、フルーツの味わいを考えた甘味・酸味のバランスなど、目には見えない、たくさんの緻密な仕事の重なりです。まさにムッシュー・ルコントの教えがよみがえるようで、素朴さの中に職人としての姿勢を意識する、初心を思い出させてくれるお菓子でもあるんです。