ホーム > ニュース > シェフブログ

ニュース- News -

シェフブログ

井上佳哉(ピュイサンス)2010年11月30日

栗の季節も終わり、長野県から毎年届く紅玉も終わると、「さて、お歳暮、クリスマスと菓子屋が忙しくなるぞ」とテンションがあがる時期になります。

僕の若い頃と言えば、この時期から仕込む量も増え、毎日フールセックをひたすら焼いていた事を思い出します。 そう、僕の原点はフールセック『焼き物』でした。ギリギリまで焼き込んだ菓子の美味しさ、仕事への想像力、パワーを持って仕事をする事。今の僕があるのは当時のその環境、そして二人の師匠のお陰だと心から思っています。

『師匠』それは、僕にとってかけがえのない存在です。
僕が19歳の頃、まだチャランポランだった自分を180度変えてくれた西野さん。フランスから帰って来た自分を、またゼロにリセットしてくれた河田さん。二人とも師匠として尊敬しています。今でも会って話をするだけで、僕に刺激を与えてくれ、それがまた仕事への活力となります。

自分の基礎(ベース)は、師匠に導かれたものだと確信しています。仕事への価値観、職人としての在り方、菓子屋としての幅、これらの感覚を体と心で感じ取れた事。僕は若い頃に、貴重な時を過ごせた様に思えます。

これから、菓子屋を目指す若い人達に言いたい。どんな時でも自分次第であって、どんなに辛くても、どんなにキツくても、厨房に立つ師匠達は、君たちを突き落としているのではなく、救い上げてくれているという事(注:本当に突き落とす場合もあり)。
その思いに応える方法は一つ、君自身が結果を出していくしかないのだと思う。一日一日、小さな結果でも良い。やがて、それが自信となり、自分の進む道が見えてくるかと思います。

僕が店を始めて10年目。まだ師匠の思いに応える様に、仕事への結果を追っている。同じ菓子でも、もっと良くなる。同じ流れでも、もっと良くなる。もっともっとと思い続けて10年。ようやく自分らしい菓子屋になったと思う。商売としては、なかなか難しいが、「アイツ、おもしれ~こと、やってるな」と思ってくれる事が、僕は師匠達に対しての恩返しだと思っています。

また、飯連れてってください。 
(2010.11)

及川 太平(アン・プチ・パケ)2010年10月31日

先日、5歳の長男と3歳の長女の運動会に行ってきました。
夏に戻ったかのような晴天に恵まれ、自然とテンションは上がります。開始から3番目、年長組見どころのひとつ、親子騎馬戦。親が子供をおんぶし、帽子を取り合います。前日より、逃げるか攻めるか、入念な戦闘計画を練り、結論はお父さんの意見が通り、逃げての一手に。

やる気満々でスタンバイしていたそのとき、事件は起こりました。息子の前に並んでいたRくんの泥だらけの靴が息子の目にヒット、急に息子が大泣きしだしたのです。どの子もテンションは最高潮、おぶわれた足はバタバタ、落ち着きないのも無理ありません。
痛みとショックで目が開けられず、結局競技は断念。幼稚園最後の運動会、正直「そりゃないだろ」とも思いましたが、Rくんのお母さんの青い顔に、「大丈夫ですよ~」と笑顔をつくります。
そして競技を終えたRくんは、「ごめんね、組体操できる?」と謝ってくれ、それを機に息子も徐々に立ち直り、以後の種目は笑顔でこなしておりました。
親子騎馬戦はできなかったけれど、息子はまたひとつ経験をした、と思います。

許し、許されるということ、「お互いさま」ということ、いろいろなトラブルを経験し、いろいろな対処の仕方を学んで、だんだんと社会人になっていくのだと思います。
組体操で、近所の気の強い女の子に並んで踏まれながら、「東京タワー!」と叫ぶ息子とRくんの姿に、そんなことを思った秋の一日でした。
息子にも厨房のみんなにも、いつも望むことですが、正々堂々と自分の考え方、生き方を貫き、社会のゆがみに屈しない強い男になってほしいと思っています。「東京タワー!」
日本ではそれは難しいことだと思いますが、もっと大きな世界に目を向けろ!と。

ちなみにまだ年少の娘はしっかりさん、競技のデモもこなしており、今後、勉強や仕事も難なくクリアしていくタイプ…(はい、親バカです)。
やっぱり男の成長に気をもむのは、やむを得ません。
(2010.10)

西野 之朗(メゾン・ド・プチフール)2010年09月30日

長く暑い暑い夏がようやく終わり、やっと秋がやってきました。
菓子屋にとっては、ただでさえ辛い7、8、9月、今年は猛暑に見舞われ、本当に苦しい夏でした。秋風とともに、みなさんがお菓子食べたいモードになってくれるのを、切に期待します。

シェフ・ブログが僕の番との事で、さぁて一体何を書こうかな?
「五十の手習い」について、ちょっとお話ししようと思います。
三人の娘たちも成長し、学費が掛かるのが末娘あと一人。これからの人生を楽しむためにも、やりたかった事をやってみようじゃないかと夫婦で話をしていたのです。
かみさんは、かねてから興味があった茶道の教室を決め、いそいそと通い始めました。着物を着る機会が増えるのも嬉しいようです。
そして僕は...中学、高校の時に自己流で弾いていたアコースティックギターを、先生についてきちんと習おうと思い立ち、自由が丘の教室でマンツーマンのレッスンが始まりました。
先生から「毎日触ることが大事」と言われたのを忠実に守り、自宅にいる時間は練習を怠りません。愛犬は僕がギターを抱えるとチラリと横目で見て、スーッといなくなりますが...。

そして7月某日、下北沢で初ステージ!
僕の通う音楽教室の合同発表会がありました。教室ではエレキギター、ボーカル、ドラムなどのクラスもあるので、その方々とバンドを組んでのステージです。
家族が見守る中、スピッツの「空も飛べるはず」を演奏しました。たった3分程度のステージでしたが、自分の演奏にはそこそこ満足でき、クセになりそうです。
次の目標は、仲間のパティシエたちに来てもらい、ライブハウスでやりたいなぁ。
さぁ、今日も練習練習!
(2010.9)

永井 紀之(ノリエット)2010年08月31日

夏休み中の8月21日、代官山のル・コルドン・ブルー開催された、小学生パティシエ選手権の審査員をしてきました。

今年で6回目になるこのコンクール、全国から762通の応募の中からまず書類審査で入賞50人を選び、その中から上位10名が決勝大会に出場し、当日コルドン・ブルーの厨房で2時間半かけて自分の夢をイメージしたオリジナルのお菓子を作り、テーマ、アイデア、デザイン、完成度、味などを総合的に審査して、今年の小学生パティシエ選手権チャンピオンを決めるという大会です。
とまあ、これが概要ですが、今年の10名は、2年生が3人、3年生が1人、5年生が2人、6年生が4人となっていて、男の子は1人だけでした(う~む、業界の未来は暗い? 否、やっぱり女の子の方が夢見がちなのでしょう)。
この大会は、文部科学省、農林水産省の後援を受けていて、食育の一環でもあり、食材への関心、作る喜び、食べてもらう喜び、家族とのコミュニケーション機会を増やすなど、食育の機会を家庭で作るのも目的の一つになっています。

今年に限った事では無いけれど、子供が夢をイメージしたお菓子を形にするべく、家族が一致団結し練習を重ね、大会当日まだ幼い小学生が、一生懸命お菓子を作っている姿は、それが食育になっているかどうか疑問は拭えないにしても感動的です。特に2年生の子が時間内に仕上がらず、終了時間と同時に泣き出した時には、まだ幼い子供ながらその思いの強さに胸が絞め付けられるようで、思わず(良いんだヨ!)と抱き締めたくなりました。
大会のキャッチフレーズ≪きっとできるよ!≫は夢があって良いけど、現実はそんな甘っちょろい物ではなく、親子共々真剣勝負の戦いです。

審査員も真剣にやらないと夜道が怖いことになりそうなので、優劣を付けづらいところ、心を鬼にして採点します。毎年ゲスト審査員がいて今年のゲストはポニョの大橋のぞみちゃんでした(食育と何の関係が有るんだろう?頑張っている小学生同士と云うことですか)。さすがに審査は出来ないので応援と云う事で来てくれました。昨年は、ポタジエの柿沢シェフ(これも今一のような気が・・・まぁ分かり易い夢が有ると云う事ですか)。一昨年はその年の日仏親善大使だった滝川クリステルさん(これは何の問題もなく最高です)。閑話休題。

女子栄養大学学長の香川芳子先生ほか6名のシェフ審査員(西原シェフ、江田シェフ、辻口シェフ、ドミニク・グロシェフ、柿沢シェフ、私)、関連企業の代表の方4名により、唯一の男の子、深谷颯汰君がチャンピオンに決まりました。
深谷君は、11歳にして(ジャズの似合うケーキ屋さんを開きたい)と云う渋い夢を持っているので、優勝者に贈られるフランス・パティシエ体験の旅で、新たな経験することで今後に期待したいと思います。

食育という言葉を耳にするようになって久しいです。僕にとってそんなものは人としての教育に含まれているもので、取り立てて騒ぐほどの事では無いと思っていましたが、最近頓に騒がしい。もし本当に必要なら、くだらない知識なんかより野良仕事をする事が一番手っ取り早いとも思っています。食に関わる仕事をしている身としては、人が皆、脳味噌でものを食べるような社会にはなってほしくありません。
(2010.08)

寺井 則彦(エーグル ドゥース)2010年07月31日

皆さん、連日猛暑が続いておりますが、夏バテなどになっていないですか?
さて今日は、意外に知られていないデモンストレーションの当日準備のための、店舗での大変な準備を紹介したいと思います。
この夏の暑い中、季節外れの林檎を使ったお菓子を作りました。ブリオッシュ生地で底と側面がシャルロットの様に覆われ、中に林檎のコンポートが入ったシャルロットオーポムです。今回は100名分の試食なので30個ほどの林檎を用意し、スタッフ総出で皮をむき、切って仕込んでいきます。リンゴのコンポートも全て手作りで作っていきます。冬場はシブースト・オ・ポンムやタルトポンムなど、林檎を使ったお菓子が多いのでこの作業も頻繁に目にする光景です。林檎のコンポートが出来あがった所で、今度は6カットにした林檎にシナモンなどを加え、コンベクションで軽く焼きます。出来上がったコンポートと焼きあげた林檎を合わせ方に詰めて焼きあげます。型には事前にバターをぬったブリオッシュを敷き詰めておきます。程よく焼きあげて完成です。

この試食分のお菓子を作るだけでも、相当な時間と手間がかかっています。でも試食分のお菓子を作っておしまい。というわけではないのです。デモに持っていく為の材料の計量、道具の準備、配送の手配など、デモンストレーションよりもこの準備の方が本当に大変です。デモをするのは数時間でも、実はその準備には半日から1日がかりで色んなスタッフが携わってくれているんです。デモ中に不備があったり、試食が足りなかったりして怒ることも時にはありますが、私がデモをスムーズにできるのは皆の協力あってだと思っています。また、自分達が一人前になったときにこの経験を活かしてくれたらいいな!とも思います。

是非今度デモンストレーションを見る機会があればこのようなデモの準備のための店舗での大変な準備を思い出してみて下さい。
(2010.7)

丸山 正勝(ル・ガリュウ M)2010年06月30日

梅雨入り前の5月下旬の水曜日、よく行く林道へ店のスタッフと行ってきました。
高校時代からモトクロスをやっていたバイク好きでしたが、約12年のブランクを経て3年前からリターンライダーとして復活しました。さすがに年齢的にモトクロスはもう無理でした…。
今回行った林道は、東京から程よい近さで、かなりの長さのあるなじみの林道です。
オフロードバイクに対する熱い想いを語って、それに魅了された(?)店のスタッフ2人と行ったり、林道で知り合ったバイク仲間ともよく行く林道です。
週一休みの我々にはありがたい林道とも言えます。

林道走行は自然を感じることができ、風と一体感を持てて、日頃のストレスなどをほんのわずかですが忘れることができます。また心地よい疲労感があるので、その日の夜は熟睡できるというメリットもあります。今の私の一番のリフレッシュ方法といったところでしょうか。
ちなみに今回は梅雨入り前ということで、天気は最高!とまではいきませんでしたが、土や緑のにおいを嗅ぎながら、前日のロスだったガトーバスクとカヌレをおやつに食べました。趣味を楽しみながらも、フランス郷土菓子のことは忘れません(笑)。心地よい疲れに甘いもの、とても美味しいです。

職業柄、ゴールデンウィーク明けからせいぜい10月と、趣味を楽しめる時期はかなり短期間ですが、自分には無くてはならない楽しみの一つと言えます。
今年はあと何回楽しめるでしょうか?
(2010.6)

長根山 仁志(パティスリー モンタンベール)2010年05月31日

パティスリーロク、当クラブシェフ会員で皆様おなじみの中野心悟君のお店へぷらっと遊びに行きました。ぶらっと行くと言っても、高速道路2回乗り継ぎ(2回とは?まだ北海道では高速道路が途切れ途切れで繋がっていないのです)、僕の高速運転技術でも2時間45分 (休憩無しで)もかかってしまいます!なので結構命がけなんです。

そうそう、シンゴちゃんといえば、今年のガレットデロワパリ大会で10位という輝かしい成績を収めましたよね。素晴らしいですよね!さすがガトードボワ林シェフの秘蔵っ子だっただけの事はありますね。
シンゴ君とお会いするのは今年の1月のフランス大使館以来、久しぶりです。実は同じ北海道でも、僕の住む北広島から帯広鹿追町までは結構離れてまして、2つ山を越えなくてはならないのです。今でこそ高速道路が、ブツブツ途切れ途切れですが開通していて、3時間程度で着きますが、2~3年前は北海道でも有名な狩勝峠、日勝峠を2つも越えて行かなくてはならなかったので、平気で4時間はかかったのです。まぁ、冬は本当に命がけでした。今は峠を除けながらの高速道路で、距離的には少し長いのですが、かなり快適なドライブ走行が出来ます。ただ、かなり寒いです。 ゴールデンウィーク前というのに未だ雪が残ってまして、気温も0℃。真冬は零下20~30℃は普通、ショックフリーザーなんかいらないんですよ。外に出たら瞬時に冷凍されますから(ちょっと言いすぎました(⌒-⌒; ) !

さて今回 お邪魔したのはシンゴちゃんのお店で出た卵白をもらいに3時間かけて行ったのです。実はもらったのは2回目 (だいたい20㎏)。僕のお店では卵白のお菓子がやたらと多くて、卵白がなければ仕事にはならないんです。使う月は70㎏はありますからね。どうしても足りない時は殺菌済みの冷凍卵白を使いますが、出来るだけ新鮮な卵白を冷凍して使うようにしています。
ある日シンゴちゃんに「卵白余ってたら送って」って言ったところ、本当に送ってくれたので、本当に助かりました。しかもその卵白はブリンブリンとしていて、新鮮だとすぐにわかりました。聞いてみると、隣の隣に養鶏場があり、そこから分けてもらっているとの事で、産みたてで新鮮なんでしょうね(隣の隣と言っても結構遠いと思います、田舎だから)。そんな事で、皆様も是非一度、北海道においでになった時にはパティスリーロクに立ち寄って下さい。お勧めは真冬!
(2010.5)

藤生 義治(パティスリー・ドゥ・シェフ・フジウ)2010年04月30日

今冬のヨーロッパは大寒波のため非常に寒いと聞いていたが、私の訪れた3月中旬のパリは、もう春の訪れを感じる程暖かかった。

今回パリを訪れたのは、コンフィズリーのスタージュ(講習)を受講したいと思ったからでした。教室で教える機会は多いのですが、スタージュを受けたのは何十年振り。
授業には多くの経験を持つ3名のシェフ・パティシエが参加し、午前・午後とも4時間程の講習の中でそれぞれ計量から作業、仕上げまでを行いました。

3日間という短い時間でしたが、伝統的な製法で作られた菓子を見て、あらためて基本に戻って作ることの大切さを感じました。
コンフィズリーはフランス人の幼いころから慣れ親しんでいる駄菓子の様なものが多く、さまざまな地域に多種多様な菓子があります。

この種のお菓子は日本人には受け入れにくいお菓子と思われていたのですが、実は昔から日本にも作られていた砂糖菓子に通じるものがあるようで、10年間作り続けて最近やっと手ごたえを感じています。

スタージュを終えた翌日には、一緒に受講していたシェフ・パティシエのお店「サンドランス(Sendrens)」に友人と伺い、美味しい昼食を頂きました。

たまには、こんな心のリセットも良いものです。
(2010.4)

魵澤 信次(レ・アントルメ国立)2010年03月30日

最近のフランスの楽しみは、専ら“学習”である。

一昨年の夏には、子供の初海外につきあって、長男とシベリア鉄道経由でパリに向かい、現地で家族と合流という大陸横断をこなしたが、知人・後輩と会ったものの、観光がメインの滞在には不完全燃焼で、3週間後にはもう一度フランスに行くことになってしまった。

足りなかったものは“学習”。

フランスでは伝統から流行まで、見るもの・聞くもの全てから何かを得ることが出来る。

たとえば今回は料理の学校に通ってみたのだが、自分とは違う文化を感じ、新鮮で楽しい経験ができた。

授業の合間の昼食時間などは、フランス流にグラスワインを持って、今日の授業はどうだの、あの先生は...などと話をしながら、知らない者同士でも十分盛り上がることができる。だいたい授業は3日間編成が多いので、日が経つにつれて、だんだん仲良くなり、その人達のお国柄、人生観を知るだけでなく、いろいろな商売のヒントになるようなインスピレーションをもらったりする。フランス語がわかってよかったと痛感する時間である。

自分の絶えない原動力は、この学習に基づいた創造性であると思う。
これをどう自分流にアレンジするか、どう発展させるか、やりたいことがいろいろあり、見つかりすぎて、渡仏学習は飽くことがない。

自分のますますの充実に向けて、これからも日々精進!一生勉強!と切に思う今日この頃である。

(2010.3)

西原 金蔵(パティスリー オ・グルニエ・ドール)2010年02月28日

30年振りの、この時期のフランスだった。
パティシエという職業についていると1年で1番多忙な時期、12月にフランスへ発つという事は至難の業である。
にもかかわらず、この時期にフランスへ発った目的は、恩師である亡きアラン・シャペルさんのレストラン『Alain CHAPEL』の創立70周年記念の御祝いの会に招待されたからだ(実際は、シャペルさんの御両親の時代から数えて70年)。

今から、約19年前、52歳で急死されたシャペルさん。
その当時、5歳と7歳の幼かった兄弟が今や成人して、兄のダヴィットはレストランのマネージャー、弟のロマンは料理人になり、アラン・デュカスをはじめ、シャペルさんと関わりのあるジャーナリスト、ワインの作り手、世界の名声ある人々への、お披露目も兼ねた会でした。

目を閉じると、約22年前、私がレストラン『Alain CHAPEL』で働いていた時の事を昨日の事のように思い出します。
その当時、小さかったイタズラっ子の2人が土、日の度に「キンゾーいるかぁ~?」と、ちょっとはにかんだ声でパティスリーに来て遊んでいたっけ。
その兄弟がこのように成人し、世界の料理界の人たちへのお披露目が出来、又、その会に家族で出席出来た喜びを深く感じています。

2人が力を合わせたレストラン『Alain CHAPEL』が再び、3ツ星に返り咲く光景がチラリと見えたのは、私だけではなかったでしょう。

とても幸福な時間を過ごせたフランスでした。
又、わずかな時間でしたが、ノエルの飾り華やかなフランスを見る事が出来た事も嬉しい旅でした。(2010.1)